2026年3月15日に書きました。8分で読めます。(1時間40分かけて書きました)
授業の冒頭にこんな言葉を伝えました。
ぼくは教える人ではありません。君たちも教わる人ではありません。一緒に考える仲間だと思ってます。
田中4年後の今でも変わらない本音です。
「教育」とはまるで無関係だったぼくが、
カナダからのオンライン授業というカタチで日本の子どもたちと対話する。
それから 1601日(4年140日)もの月日が経ち、今日これから、200コマ目のオンライン授業に向かいます。
【この記事で分かること】
①子どもたちの可能性 ②先生たちの魅力 ③教育と共育の素晴らしさ


日本人旅行者の現地ガイド
恐竜などの古生物と
化石にハマってます
日本への「オンライン授業」
カナディアンロッキー(キャンモア、バンフ、ジャスパーなど)の現在時刻。
ただただ「ありがとう」
先ずは、ただただ感謝の言葉しか浮かびません。「ありがとう」を伝えたい人たちが多すぎます。
ぼくのような一般人が「オンライン授業」を行う。それを実現するためには、たくさんの負担と手間を強いてしまう。そんなことを知りました。
●管理職と呼ばれる先生たちからの許可(提案書の提出) ●場合によっては教育委員会も巻き込む ●同学年の他のクラスの先生たちの共感 ●授業時間や場所の調整 ●学校のオンライン環境 ●授業内容のすり合わせ ●ぼくの場合は時差の調整
ざっと挙げてもこんなにも壁があるのです。
内情を知れば知るほど頭が下がります。申し訳ない気持ちにすらなることも。
それでもオファーをしてくれる先生たちや学校側には、「ありがとう」以外の言葉が見つからないのです。
キセキの積み重なり
そして当たり前すぎて、なかなか気付けないこと。
登校してくれる、体調を崩していない、事故に遭っていない、それぞれの家族が無事、などなど。
実際に不参加になった子どもたちのことも聞いています。
ぼくが1回の授業に関われることって、キセキの積み重なりなのだと気付かされます。
らんらんの存在は必須
この人にも最大限の感謝を伝えたい。



専属メンターの らんらん です。


毎回の授業に同席してくれるだけでなく、
●先生たちからの厚い信頼 ●事前の打ち合わせ&記録 ●授業後の振り返りとべた褒め(笑) ●オンライン環境の提供
カナダからのオンライン授業は、らんらんの存在なくしては継続できません。
子どもたちが安心できる笑顔は彼女の大きな魅力なのです。正直な子どもたちは、一瞬で らんらんのことを好きになってくれます。
いのちのバトン
200コマ目の授業は、「いのちのバトン」というテーマで対話させてもらいます。
ぼくが大好きな、「化石の学び」から得た内容です。


いつかはと夢見ていた「化石や古生物に関わる授業」
それを今回のひろえ先生が叶えてくれました。



感無量の喜び!
ひろえさん、本当に有難うございます


5億年以上も続いている、生きものたちの絶滅と進化。
そこで途絶えなかった「いのちのバトン」があるから、今のきみたちがいる。ぼくたちがいる。
でもね、
バトンを渡せなかった生きものたちも確かにいた。
あえてバトンを渡さない。それを選んだ生きものたちもいた。
きみたちはどう感じますか? 答えは今じゃなくてもオッケー!
ぼくは教える人ではありません。君たちも教わる人ではありません。一緒に考える仲間だと思ってます。
今日も同じ時間を過ごしてくれて ありがとう!







